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冬の夜、運がよければ南の空の地平線の近くに明るく輝く星が見えることがあ
ります。インドでは「アガスティヤ」、中国では「福禄寿」あるいは「寿老人」
あるいは「南極老人星」と呼ばれ、ヨーロッパでは「カノープス」の名で知ら
れる一等星です。全天でシリウスに次ぎ2番目に明るいこの星は、アルゴー船
座(Argo.navis)のα星で、見える場所もシリウスの真南やや西くらいになるは
ずです。
但し、現代天文学では、この「アルゴー船座」は大きすぎるという理由で分解
されてしまって、龍骨座(Carina)、船尾座(Puppis,ともざ)、羅針盤座(Pyxis)、
帆座(Vela)となってしまい、カノープスは竜骨座のα星〜Alpha-Carina〜とさ
れています。
今回はこの失われた星座、巨大な「アルゴー船」のお話です。
この話はこの後出てくる他の冒険談に比べると短い方ですが、それでもステッ
プを追って見ていかないと筋が追えなくなってしまいます。この辺は文学作品
と神話・伝説との違いで、神話というのは別に誰か個人が構成を考えて作り出
したものではないのです。色々な枝葉が付き広がって行ってこそ神話でしょう。
この話のステップとしては、次のように分類できるでしょう。
(1)金羊毛の由来(2)アルゴー船の建造(3)イアソンの航海(4)メデイアの協力(5)ペリアスの殺害(6)イアソンの裏切り
このステップに沿って、話を追っていきます。
まず物語は主人公と全く関係無い所から始まります。最初に登場してくるのは
北ギリシャの王イクシオンです。彼はゼウスを辱めようとヘラの誘拐を企てま
す。が、そんなことは百も承知のゼウスは雲を固めてヘラの形にし、イクシオ
ンにそれを誘拐させます。このヘラの形をした雲には生命が宿りその後ネペレ
と呼ばれるようになりました。むろんイクシオンはすぐに雷で殺されました。
ネペレは地上をさまよい、近くに住む王アタマスと結婚し、王子プリクソスと
王女ヘレを設けます。しかしアタマスはすぐに別の女性イノ(セメレの妹)を
好きになってしまい、ネペレを捨ててしまいます。しかもイノは先妻の子を疎
ましく思って神官を買収し、この二人をいけにえに捧げなければならない、と
いうお告げを言わせます。ネペレはその事を知るとゼウスに助けを乞い、ヘル
メスが二人の子供が乗って逃げるようにと翼を持った金毛の羊を差し向けます。
プリクソスとヘレはこの羊に乗って逃げ出しますが、ヘレは途中海に落ちて死
んでしまいます。しかしプリクソスは何とか逃げ延びて黒海の近くのコルキス
という国の王アイエテスに保護を求めます。王はプリクソスを受け入れ、羊は
ゼウスにいけにえとして捧げ、その金の皮は宝として、龍の守る森の中に収め
ました。
なお、アタマスの方はイノの策略を知って怒り、イノとの間に出来た王子メリ
ケルテスを殺した上で、イノも殺そうとしますが、イノには実はゼウスが少年
時代に世話になっていたので、ゼウスはイノを海の女神に変えました。彼女は
この後、オデュッセウスの冒険の所でも登場します。
このアタマス王家の悲劇は実はヘラが後ろで糸を引いていたという説もありま
す。それはイノがセメレの妹である為で、セメレはヘラに隠れてゼウスとの間
にディオニュッソスを身篭りますが、ヘラの怒りに触れて殺されてしまいます。
そこでゼウスはまだ生まれていなかったディオニュッソスを自分の体の中に入
れて育て、生まれさせるのですが、ヘラの怒り自体はセメレを殺しただけでは
納まらず、妹のイノとその夫アタマスにまで向けられたのだというわけです。
さて、話は変わって、アタマス王の近くにアイソンという王がいました。彼は
アタマスとは親戚筋にあたる王です。彼にはイアソンという王子がいましたが
自分が年を取って王位を譲ろうという段になっても、イアソンはまだ幼なかっ
たので、イアソンが成人するまでという条件で弟のペリアスに王位を譲ります。
やがてイアソンが成人すると、ペリアスにそろそろ王位を譲ってくれるように
言いに行くのですが、折角手に入った王位を甥などには渡したくありません。
そこで、彼はアタマス王家にまつわる金羊毛の話を持ち出します。あれは元々
我々一族にゆかりのものなのだから、コルキスに行って帰してもらってきては
どうだろうか、と。
イアソンは冒険心あふれる青年でしたので、ペリアスの真意など考えもせずに
この話に飛びつきます。そしてコルキスまで行く為に、名船大工のアルゴスに
命じて、今まで世界中のどこにも無かったような巨大な船を建造させるのです。
これが「アルゴー船」です。
この船には冒険にあこがれるたくさんの若者が志願して乗り込んで来ました.
主な所では
メレアグロス 「薪」の命の男。生まれた時に運命の三女神が「この子の
命はこの薪と一緒にしよう」と言って1本の薪を火の中に
投じた。母のアルタイアは慌ててこの薪を拾い上げて息子
の命を救ったが、後彼が自分の弟たちを殺すと怒ってこの
薪を再び火に投じた。薪が燃え尽きると彼は死んだ。
アタランテ メレアグロスの恋人で、中性的な魅力を持つ強い女性。彼
を失った後結婚しないことを誓い、求婚者があると自分と
競走して勝てば結婚するが負けたら殺すといって多くの男
を殺した。ヒポメネスがアフロディーテから貰った林檎を
投げるとアタランテは吸い付けられるようにそれを拾い、
その間にヒポメネスはゴールして、彼女と結婚した。
カライスとゼテス 北風の子供で双子。
カストルとポリュデウケス レダの息子でやはり双子。「双子座」はこの二
人が天の星とされたものである。
ヘラクレス 説明の必要もないであろう。ギリシャ神話最大の英雄。
ペレウス アキレスの父。テティスの夫。トロイ戦争の所でも再び触
れることになるであろう。
といった面々が乗っていました。また出発に際して竪琴の名手オルペウスが、みんなを勇気付ける歌を歌いました。オルペウスについては後の回にまた触れることになるでしょう。そして船を先導したのはアフロディーテでした。彼女は後に重要な働きをします。さて、アルゴー船の冒険の続きです。航海の途中では色々なことがありました。
ある所ではピネウスという王が怪物ハルピュイアに襲われていたのをカライスとゼテスの兄弟が助けました。
ある所では、二つの島が波にゆられてぶつかり合うところを通り抜ける必要があり、一度鳩をとばして鳩が通り抜けたタイミングを見計らって船を通過させました
またある所ではヘラクレスの連れの美青年(恋人でしょうか?)ヒュラスが立ち寄った島のニンフに誘拐されてしまい、ヘラクレスは気が狂ったように暴れ回って、下手すると他の乗員を殺してしまいかねない勢いでした。イアソンは必死になってヘラクレスを説得してきっとヒュラスは帰って来ると言って島に残るように勧め、彼等を置いたまま船を出しました。(つまりヘラクレスは今回の冒険には結局役立たなかった)
やがて一行はコルキスに到着しました。コルキス王アイエテスは金羊毛の返還を承諾しますが、その条件として、イアソンが青銅の足の火を吹く牡牛で大地を耕し、龍の歯を蒔くことを要求します。この龍の歯は蒔くと兵隊が生えて来て蒔いた人を襲うという代物でした。
若いイアソンは無謀にもこの条件を承諾しますが、船団を守っていたアフロディーテは助力しようと、息子のエロス(ローマ神話のキューピッド)に命じて愛の矢をアイエテス王の娘メデイアに打ち込ませ、メデイアがイアソンに恋をしてしまうようにします
メデイアは魔女でしたので、この困難な作業をやりとげる為の呪文を知っていました。恋した彼女はイアソンにそれを教え、彼はそのお蔭で仕事をやりとげます。更に彼女は金羊毛を守っている龍の所に行き、魔法の歌を歌って龍を眠らせると、それを持ってイアソンの元に走りました。イアソンは彼女を連れて船に乗り込み、一目散に故郷を目指しました。この時、メデイアの弟のアプシュルトスも彼女に従ってアルゴー船に乗り込みました。
アイエテスは娘が金羊毛を持って逃げたことを知ると追手を仕立て、自ら船に乗り込んでアルゴー船を追います。すると恋に目がくらんでいるメデイアは弟のアプシュルトスを殺してその体をバラバラにし、父の船の前に投げ捨てました。アイエテスは変わり果てた息子の姿に動転して、メデイアの乗る船を追う気力を失ってしまうのです。
さて、イアソンが無事金羊毛を持ち帰えると、ペリアスは驚きながらも何とか言い訳をしながら譲位の日を一日のばしにします。そんなある日、イアソンは年老いた父アイソンのことで、新妻のメデイアに相談します。君の魔法で父の寿命を伸ばすことはできないか、と。
メデイアは承知して、数々の薬草に牡鹿の肝臓・狼の腸・亀の甲羅・烏の頭・や「名も知らぬもの」を釜でどろどろに煮て緑色の液体を作ります。そして、アイソンの喉を裂いて血を全部出してしまい、代りにその液体を流し込んだのです。するとよぼよぼの老人だったアイソンはすっかり若返り、中年のようなたくましさを取り戻しました。
この話をペリアスの娘が聞き付けました。そしてメデイアに頼みます。同じ魔法でペリアスも若帰らせてくれ、と。メデイアはOKの返事をして、また同じように薬草を煮込み始めます。そして、娘にナイフを渡して、それでペリアスの喉を裂くように言うのです。
娘は怖くてとてもできません。メデイアが「喉を裂かなければ魔法は成就しないではないか」と叱り付けると震えながら娘はナイフを父親に突き立てます。血が大量に流れだし、メデイアは釜の中の液体を注ぎ込みます。しかし。
実は今回煮ていたものは何の効用も無いただの液体だったのです。ペリアスは若帰るどころか、そのまま生き返ることはありませんでした。
こうしてペリアスが死んでしまった為、イアソンは無事王位につくことができました。ところがイアソンはコリントスの王女クレウーサを好きになり、彼女を王妃に迎えると言い出します。
怒ったメデイアは、花嫁の衣装に毒を仕込んでクレウーサが死ぬように仕掛をした上でこの地を去り、勇者テセウスの父であるアイゲウス王と結婚します。なお、メデイアとイアソンの間の子供テッサロスは後に立派な王となり、この地方の名前「テッサリア」の元となりました。
あまりたくさん異説を書くと、ただでさえややこしい筋が更に分からなくなるので、異説はできるだけ控えているのですが、幾つかだけ書いておきます。
龍を眠らせたのはメデイアであるという説を取りましたが、メデイアから龍を眠らせる薬をもらったイアソンであるという説もあります。また、イアソンはアイエテス王に最初から申し入れした説を取りましたが、最初は夜の闇にまぎれてくすねようとしたという説もあります。またメデイアとイアソンの間の子供はメデイアがこの国を去る時自分の手で殺したという説もあります。この説はドラクロアの絵になっていますので、美術全集などで見た方もあるでしょう。また、ヘレは王女としましたが王子との説もあります。
それからメデイアが薬草を似るシーンは、後にシェイクスピアがマクベスの中で3人の魔女が薬草を煮るシーンに流用しました。これを更に手塚治虫はバンパイアでやはり魔女がロックに予言を与えるシーンに流用しました。メデイアという人物に同情するか、恐怖を覚えるかは人によって違います。又恐らく男性と女性でかなり比率が違うのではないかと思います。